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医師を目指して ― 40歳からの挑戦と留学支援事業の軌跡

目次

医師を目指して ― 40歳からの挑戦と留学支援事業の軌跡

はじめに

2018年、40歳という人生の節目に、私は大きな決断をしました。2歳8ヶ月の幼い子どもと妻を日本に残し、医師という夢を追い求めて単身欧州に渡ることを決意したのです。生まれつき片耳が聞こえないというハンディキャップを抱え、英語学習への不安は計り知れませんでしたが、家族の理解と支援を受けて、この挑戦への第一歩を踏み出しました。

欧州の地方都市での始まり

当初、日本の留学斡旋会社を通じて総額400万円以上を投じ、欧州の地方都市で医学部進学のための予備コース(正確にはPre-Medコース)に入学しました。しかし、社会人としての経験から、より高みを目指し、効率的な学習環境を求めて、わずか2ヶ月で地方都市を後にし、首都へ移動しました。斡旋会社との契約解除を申し出し、自らの力で医学部入学への道を模索し始めました。

新天地では、1日最大20時間、週7日のハードな独学生活を5ヶ月間続けました。41歳という年齢を感じさせない努力の末、当該国で最も名門国立医科大学の入学試験で全科目満点という快挙を達成し、1000人ほどの受験者の中で主席合格を果たしました。また、医学部在学中も、国際コース380人中わずか20人程度しか合格できなかった難関科目も一発で合格しました。この経験は、その後の人生における大きな自信となりました。

より良い教育環境を求めて

国立医大での学びは充実していましたが、旧共産圏特有の行政手続きの硬直性に直面しました。将来の日本での医師国家試験受験に必要な書類の発行が困難であることが判明し、より柔軟な教育システムを持つウクライナの医科大学への転学を決意しました。日本でいう学士編入にあたる入試制度(graduate entry)を利用し、入学を果たしました。その際、対面とオンラインを併用した解剖学の試験が特に大変だったことは、今でも鮮明に記憶に残っています。

ウクライナを選んだ理由は、他の欧州各国と比較して科学技術が発展していたためです。普通の学生であれば医学と関係ないの一言で片付けてしまいがちな側面ですが、京都大学大学院博士後期課程[放射性同位元素総合センター所属]まで修め、後にSIEMENS(ドイツ最大手重電メーカー)大型医療機器部門スペシャリスト、株式会社東芝原子力事業部(本社)で、核融合炉開発、重粒子がん治療装置開発など様々な先進機器を開発してきた私にとっては、当該国の科学技術水準をみることで医療水準をある程度推察する洞察力があったことから、この国だ!と直感で感じました。具体的に、ウクライナは東欧のシリコンバレーと揶揄されるほどのIT先進国であり、航空宇宙分野ではロケット開発技術力は群を抜いていました。また、救命救急に関連した軍事医療では間違いなく世界トップクラスでありました。

そのうえ、ウクライナは1999年より米国型の医学教育システムを採用しており、教育の質の高さは米国からも定評がありました。こうした実態は日本人にはまだ知られておりませんでした。加えて、必要な学習支援体制も非常に整っていました。例えば、担当教授からのプライベート・レッスンも必要に応じて受けられる制度が存在しました。

私自身が唯一無二の存在

新型コロナウイルスによるロックダウンの経験や、個人の力で欧州各国を周り最適な留学先を選定し、自らの足と知恵と経験から入学手続きに関する書類を全て用意してきた経験、2022年2月24日にロシアによって侵攻された国家からの避難経験、個人で斡旋してきた日本人学生への避難誘導や新型コロナウイルスによる対面からオンラインへの切り替え時の適切なアドバイスと帰国勧告と手続きのサポート、また当地国の日本国大使館ですら把握していなかった機関との連携(日本入国に必要なワクチン接種証明書の発行機関の発掘から連携など)、様々な困難を現地の人的ネットワークや人脈を通じて乗り越えてきました。

ウクライナ医師資格の取得

2024年7月、私はルハンシク国立医科大学医学部を卒業し、ウクライナの医師資格を取得しました。ここに至るまでには順天堂大学医学部様には大変お世話になりました。途中、新型コロナウイルスのワクチン接種による後遺症から途中で実習を中断せざるを得ない状態になったこともありましたが、そこでの経験からウクライナの国家試験を無事に乗り越えることができました。

卒業後、ウクライナの医学教育制度の優れた点を広く日本国内で知ってもらいたいとの願いから、国際医療福祉大学医学部の教授、鹿児島大学医学部の医学部長、教授からの支援を受けながら査読付き論文「ウクライナの医学高等教育と医師資格付与についての法的位置づけと歴史的変遷」を執筆しました。

留学支援事業への展開

2019年6月6日、真摯で透明性の高い留学支援を提供し始め、2024年11月29日に投資家からの全面的出資および各界からの支援[前内閣官房副長官、前法務大臣や文科省外郭団体などからの個人的応援含む]を受けるかたちで、株式会社EUROSTUDY(ユーロスタディー)を設立し、新たな一歩を踏み出しました。現在では欧州最大の留学エージェントであるMedlinkStudents Ltd.(英国ブリティッシュ・カウンシル公認) 及びウクライナ政府公認の留学エージェントNEST Academy との提携により、欧州、カリブ海、東アジア地域で150以上の医科大学への留学斡旋とサポート支援を行っています。

現在の活動

医科大学への留学支援にとどまらず、以下の事業を展開しています:

  • オーストラリア・ニュージーランドでのワーキングホリデープログラム(近日詳細公開予定)
  • 教育関係者や自治体向けの海外視察および研修
  • スポーツを通じた国際交流(WBC野球チェコ代表との親善試合や合同トレーニングなど)※チェコ現地法人 Carrow [インバウンド/アウトバンド事業]との業務提携を締結しております。

その他、一般社団法人Peace Inclusion Pieceの理事として、障がい者や高齢者、社会的な弱者支援に携わっております。また、日本ウェルネスプロフェッショナル協会の理事として、他の医療専門家である理事(医師、薬剤師など)と共に、健康増進のための活動も行っています。

そして、これまでの経験と実績を評価され、現在はウクライナのハルキウ市(現在リヴィウ市に大学並びに病院機能を移設して運営中)に所在するKharkiv Institute of Medicine and Biomedical Sciences[略称: KHIM ]から国際交流センター客員教授の任を受け、大学公認の東京事務所長として、当大学の医学部、歯学部、薬学部の入学審査官として日本人留学生の学業や研究支援に携わっています。

おわりに

私の40歳からの挑戦は、単なる個人の夢の追求にとどまらず、より多くの人々に留学の可能性を提供する道筋ともなりました。今後も、グローバルな人材育成の最前線で真摯に活動を続けてまいります。

最後に、これまでご支援いただきました皆様に、心より感謝の意を表したく、この場をお借りして御礼申し上げます。皆様の温かいご支援があってこそ、私は前進することができました。引き続き、どうぞよろしくお願い申し上げます。

EUROSTUDY Co., Ltd. 代表取締役 宮下隼也 M.D.

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